2006年1月31日 (火)

死に場所は、ここ。

 野洲川や身は安からぬさらし宇(う)す  芭蕉

野洲市のボランティアガイドの勉強会があった。
市内の十輪院の境内に、この句碑が立っている。
当時は野洲晒しが有名だった。冷たい冬の川に
臼をすえ、布を入れ杵でつくという重労働をしていた。
芭蕉はその様子を見て詠んだのだろう。
野洲は生まれ故郷ではないが、知れば知るほど
愛着が湧いてくる。ここを死に場所と定めたからか。
 ∞ ピースルーム ありがとう村(滋賀)便り ∞

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